2022年07月27日

図書紹介:野生動物の法獣医学 もの言わぬ死体の叫び その2

その1から続く

■ トラップにかかったイワツバメ

もうひとつ紹介したいのは、中部地方の浄水場の汚泥処理施設で2年連続で大量のイワツバメの死骸が見つかった事件です。なぜ、イワツバメたちは死んだのでしょうか?イワツバメたちのお腹には粘度の高い汚泥が付着していました。上述した皮下脂肪の状態は中程度で問題はなく、外傷もありませんでした。しかし、急性の肺出血、消化管内の汚泥物充満と腸管壁浮腫がみられ、肝臓退色が確認されました。ほかにも皮膚や肺、気管支などに細菌感染が認められました。以上のことから、イワツバメたちは汚泥にはまったあと、泥を飲んでしまい、気道病変や傷口からの細菌感染、脱出を試みたことでの体力の消耗、雨水による体温低下などが加わって衰弱死したと判断され、死因は特定されました。

ですが、なぜ、この2年に限ってイワツバメの大量死が起きたのでしょうか?ご存知のようにイワツバメは泥を使って巣を作ります。どちらの年も大量死が起きる2日ほど前に暴風雨があったことから、著者は川の増水によって河原などでの泥の採取ができなくなったイワツバメたちが浄水場の泥をみつけてやってきたのではないかと推理しました。汚泥処理施設では、泥成分の沈殿を促進するため、ポリ塩化アルミニウムなどの凝集剤を入れているので、その効果で泥の粘度が高くなっているそうです。このために、羽に泥が付着すると飛び立てなくなってしまうということのようでした。それ以降、この施設では汚泥処理プールに多めの水を残すことで泥が表面に出ないようにする対策が取られたとのことでした。汚泥処理施設で大量死、なんていうと、何か悪い毒物でも、といったことを想像しがちですが、死体の剖検から原因を求めていくことで、鳥の生態と人の生活と災害との接点に行きつく展開にはたくさんの学びがありました。

進化は淘汰(死)によって紡がれてくるものです。ですが、彼らの進化の過程には、窓ガラスも汚泥処理施設も存在していませんでした。鳥たちがこれから、窓ガラスを回避したり、ぶつかっても平気な力を獲得していくかというと、可能性は低そうですが・・・。人為環境に生きる鳥たちの生態や行動、人側の取り組みに今後も注目していきたいと思います。

野生動物の法獣医学なか.jpg

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野生動物の法獣医学 もの言わぬ死体の叫び
著:浅川満彦/緑書房
1,800円(税別)
四六判 256
ISBN978-4-8052-0957-8
http://www.chijinshokan.co.jp/Books/ISBN978-4-8052-0957-8.htm
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余談

我が家は最近クマネズミの侵入を許していて、あれこれ対策をしているのですが、この本を読んで、殺鼠剤の成分やそれがネズミやその他の生きものにどういう症状をもたらすのか、物事の裏側を知ることができて、とてもスッキリしました。ネズミ捕り用の粘着シートを屋外に設置し、かかったネズミを襲った猛禽がシートから離れられなくなって、著者のところに運び込まれた顛末には驚きました。あのシートはかなり強力で、かかったクマネズミを解放してやろうと思って格闘し、にっちもさっちもいかず断念したこともある私には、著者が神様に思えました。救出するために使ったのが食用油と小麦粉。口に入っても大丈夫なものを選んでいるところに著者の生きものに対する愛情を感じました。


posted by ばーりさ at 16:13| 書籍紹介