オンラインで開催した鳥類学大会に2年連続で参加していただき、分野横断の楽しいディスカッションを提供してくださった浅川満彦さんの著作を、出版社から寄贈いただいていたのでご紹介します。「物言わぬ死体の叫び」とサブタイトルがついていますが、僕の印象では、叫んでいるというよりは静かに佇んでいる感じでした。それを、浅川さんの博識フィルターを通してみると、みるみる色鮮やかに彼らの生きた姿が映し出される。獣医学に限らず鳥類学の現場の雰囲気が滲み出ている、とても良い本です。
少し開いてみると、体の部位や状態に関する専門用語や薬品名や法律用語などがみっちり並んでいるし、死体や解剖の写真などが並んでいて、獣医や獣医を目指している人以外にはとっつきにくい印象なので、初見でこの本の良さに気付ける人は少ないかもしれません。
ですが、読みにくそうに見えて、実はテンポよく簡潔に書かれていて、スイスイ読めます。短い節の中で鳥に関するいろいろな(しかも生態や行動についての本では得られないような)知識が身につくし、鳥の死骸から何が読み取れるのか、そこからどう推理するのか。どこか推理小説のような味わいもあります。そして、きまって節の後半になると文体が崩れてきて、著者の身の回りの出来事や学生を育てる指導者の独白とか、ふっと笑ってしまうユーモアが顔を出します。「ここからは、まったくの想像」と著者の考えが披露されるあたりは、事実をひとつずつ押さえながら真相に迫る前半とはまるで違い、そのギャップも楽しいです。死体の写真が苦手でなければ、ぜひ多くの方に読んでもらいたい一冊です。
■ キクイタダキ 餓死かどうかは大事なチェックポイント
少し本書の内容を紹介します。日本で最も小さい鳥のひとつであるキクイタダキが11月釧路市の住宅街でカラス窓の下に落ちていたところを拾われ、釧路市動物園に運び込まれ例です。著者は、まず外見を見て羽の状態を確認し(そこでこの個体は幼鳥と判断)、口腔内を確認して、次いで解剖によって分かった所見が簡潔に列記していきます。このキクイタダキは皮下脂肪の蓄積が十分あったので飢え死にの線はなくなりました。口腔内の出血、肺挫傷、静脈系うっ血があり、外部から強い衝撃を受けたと判断され、状況から判断して、窓ガラスへの衝突による死亡と結論づけられましたが、話はそこで終わりません。皮下脂肪の状態は胸のところで確認するのですが、脂肪が蓄積する順序にはルールがあり、鎖骨、竜骨突起(胸の中央、縦一本の胸骨のでっぱったところ)、腹部へと頭側から順に脂肪は蓄積していき、蓄えた脂肪を消費するときは腹部から蓄積した時の逆の順に消費されていくという解説も展開されます。読者の皆さんが死亡個体の剖検を求められることはまれだと思いますが、こうした知識を知っておくことは、鳥を保護した時や、生態の研究でも役に立つと思います。
その2へ続く