2019年12月24日

フィリピン山岳地帯のコーヒー農園に越冬ノゴマがいた

毎日コーヒーを飲まれる方は多いと思いますが、コーヒーはどのような畑で栽培されているかご存じでしょうか? 挽き豆コーヒーに使うアラビカ種のコーヒーの木は高木の日陰で栽培するので、コーヒーの木だけが並んでいるような畑ではなく、他の樹木も生えた場所で栽培されています(※)。そのため、コーヒー農園はそこが作られる前にあった森林の代わりに、ある程度の野鳥が住める生息地になっているのです。これは日本で湿地があった場所に作られた水田が、もとは湿地にいた野鳥の代替生息地になっていることと似ていますね。熱帯地方では農地の拡大が森林破壊の主要な原因になっているのですが、現地の植生を残したコーヒー栽培は、野鳥を守りながら持続的に行える農業形態です。そして熱帯地方での野鳥保護は、私たちに日本のバードウォッチャーにとっても無関係ではありません。なぜなら熱帯のコーヒー農園では、日本の夏鳥たちが越冬しているからです。

※ 近年では生産性を高めるために直射日光のもとで栽培できる品種のコーヒーの木がつくられ、樹木を皆伐してコーヒーの木を密植する農園が増えてきています。そのため、森林の代替環境である伝統的なコーヒー栽培を維持することが熱帯の野鳥保護では重要になっています。

高木の下で行うコーヒー栽培の中でも、特に野鳥の生息に適した植生を維持しながら生産されているコーヒーを認証する制度があります。アメリカのスミソニアン渡り鳥研究所の定義した基準を満たしているものがバードフレンドリー・コーヒーです(認証基準)。バードフレンドリー・コーヒーのような厳密な数値基準はないようですが、森林環境を保全しながら栽培したコーヒーの認証にはレインフォレストアライアンスの認証制度もあります(認証基準)。これらの認証を受けたコーヒーは日本でも販売されていますが、私が知っているバードフレンドリー・コーヒーはすべて中南米産です。レインフォレストアライアンス認証も中南米産が多いようです。

小川珈琲とKALDIが販売しているバードフレンドリー・コーヒー
バードコーヒー.PNG


日本の渡り鳥が越冬する東南アジアでもコーヒーが生産されていますから、東南アジアで野鳥の生息地を守っているコーヒー農園で生産されたコーヒーを購入することで、日本の夏鳥を守ってくれている現地農家を応援できたらいいのにと考えていたところ、フィリピンでコーヒー栽培を支援しているCordillera Green Network(以下、CGN)というNGOから、コーヒー農家に野鳥の大切さを説明する講座をしてほしいという依頼が舞い込みました。図鑑を見ると、日本の夏鳥が分布している地域です。ぜひとも協力させてもらいたいと思い、12月10日から13日にかけてフィリピンのコーディレラ(Cordillera)地域を訪ねました。

ルソン島山岳地帯でのハヤトウリ栽培と森林破壊

コーディレラ地域はルソン島中部の山岳地帯で、標高1500〜2000mに村々が点在しています。
井上恵介 CC BY 4.0.png

この地域では、伝統的には急峻な斜面にある棚田で稲作を行って自給自足の生活をしていましたが、2000年頃から換金作物としてハヤトウリを栽培するようになりました。このことで、次のような問題が生じています。

  • ハヤトウリ畑は耕作を続けると地力が減退する。さらに、コーディレラに平地はほとんどないのでハヤトウリ畑は斜面林を伐採して作られるが、森林被覆を失った斜面では強い雨が降ると表土が流出してしまう。そのためハヤトウリ栽培を持続的に行うことができず、村人は次々と森林を焼き払ってハヤトウリ畑を広げてていった。
  • 大量生産されるようになったことでハヤトウリの価格が下落し、さらに、ウリ科植物に感染するウイルス性の病気が蔓延して、ハヤトウリの生産効率が落ちてきている。このことも、ハヤトウリ畑を広げる原因になっている。
  • ハヤトウリの単一栽培と栽培面積の拡大は、水源林破壊や斜面崩落という環境悪化を起こした。そして急斜面での過酷な農作業やハヤトウリ価格の下落によって住民の生活レベルが低下し、コーディレラでは若年者の自殺や都市への若者の流出が生じるようになった。

これらの問題を解決するためCGNが農家を支援して、疲弊したハヤトウリ畑への植林と、植林地でのコーヒーの有機栽培を2006年から開始しました。コーヒー農家は次第に増え、いまではCGNが扱っているだけでも年間5トンのコーヒーが日本に輸出されています。1kgの出荷価格はハヤトウリが3ペソであるのに対し、コーヒーは300ペソにもなるので、コーヒー栽培を通して住民の生活向上と森林保全を両立させることができます。

斜面を覆っているハヤトウリ畑。
ハヤトウリ斜面.jpg

コーヒーの実。赤くなった実から収穫していきます。
コーヒーの実.jpg

コーヒー農園の環境

私はフィリピン産の野鳥が分かりませんし、日本の夏鳥は越冬地では(おそらく)さえずっていないので、今回の旅ではコーヒー農園の環境を見て回り、今後の野鳥の調査方法を検討することを目的としました。私が訪問したのはの、コーディレラ地域のベンゲット州KibunganにあるSagpat村です。この村のコーヒー栽培地の環境は、次のように分類できます。

自生している森林
住民の共有林で、フィリピン政府が伐採や農地利用を原則として禁止しています。しかし住民自身も利用できない共有林では住民にとって保全する価値がないので、三年前に一部でコーヒー栽培が認められるようになりましたが、松が主体の森であるため土が酸性になるそうで、コーヒーの木はうまく育っていません。でも松の下では広葉樹が育ち、暗い森になってきているので、将来は広葉樹林に更新されていくのかもしれません。この森には地域本来の鳥類相が残っていると思われます。

コーヒー農園 タイプ1 植林木とコーヒー
ハヤトウリ畑からコーヒー農園に転換するには、まずハンノキやベニゴウカンなどの成長が早い木を植え、その下にコーヒーの木を植えます。ひとつめのタイプは、植樹した木とコーヒーの2種類の植物しかないコーヒー農園です。こうした農園だと、生息できる野鳥は少なそうです。

コーヒー農園 タイプ2 周囲に藪がある
コーヒー農園にはハンノキとコーヒーの木しかないのですが、周囲が藪になっているパターンがあります。このような場所では、ムシクイ科のように藪に営巣して、樹木の上で採餌したりさえずったりする野鳥が見られそうです。

コーヒー農園 タイプ3 現地植生に近い
もともと森林だった場所にコーヒーの木を植えている農園がありました。1ヘクタールほどの広さしかありませんが、広葉樹を中心に多様な樹木と藪があり、多くの野鳥が生息できそうです。下の写真がアーノルドさんの農園。ご本人は「ジャングル農園」と言っていました。黄色で囲ったのがコーヒーの木。
ジャングルコーヒー農園.jpg

ノゴマの声が聞こえた

現地にどんな野鳥が生息しているか分からないので、Sagpat村へ出かける前にCGNに頼んで、農家に野鳥図鑑を見てもらい、見たことのある野鳥を選んでもらっていました。そして選ばれた野鳥の中に、日本の夏鳥が一種だけいました。ノゴマです。Sagpat村に来てみると、なんと、ノゴマは住民の誰もが知っている野鳥でした。現地ではノゴマの地鳴きにちなんで、キーリンという名前で呼ばれていて、私も数カ所でノゴマの声を聞くことができました。ノゴマは藪の中にいるようですが、声を聞いたのは狭い藪ではなく、やや広い面積の藪がある場所でした。なお、このキーリンという鳴き声は日本野鳥大鑑のCDにあるのですが、ネット上では見つけることができませんでした。(2020/02/05追記 キーリンという声はノゴマの警戒声で、繁殖期に北海道の生息地でも聴くことができるそうです。)

繁殖期のノゴマのオス(TOKUMI 撮影 北海道大雪山系旭岳)
ノゴマ.jpg

現地の伝承によると、キーリン、キーリンという鳴き声が聞こえたら、その年最後の大きな台風がやって来るのだそうです。ノゴマの声は11月初めごろに聞こえはじめて、12月までで聞こえなくなるといいます。そうだとしたら、この地域は中継地に利用されているのか、それともジョウビタキやモズのように秋の飛来直後に縄張り作りのためによく鳴いて、そのあとは声を立てないのかもしれません。

村の年配者に聞いたところ、昔はノゴマを狩猟していて、藪の中の獣道にくくり罠を仕掛け、カタツムリを餌に置いておくと、ノゴマが捕れたそうです。たしかにフィリピンの野鳥図鑑には、ノゴマは草むらにある道沿いで餌を採ると書かれているので、そうした生態と一致します。実のところ野鳥の狩猟はいまも続いているようで、アーノルドさんの「ジャングル農園」を訪ねたとき、子供が昼食のためにアカモズ(カラアカモズかな?)を袋に入れて持っていたので、私たちがお弁当に持ってきた鶏肉と交換して逃がしてあげました。Sagpat村ではどこへ行ってもアカモズの高鳴きが聞こえていて、普通に見かける鳥でした。

子供に捕まっていたアカモズ(カラアカモズかな?)。逃がしてあげました。
捕まったアカモズ.jpg


ノゴマについての伝承は台風の他にもあって、お葬式のときにノゴマの声が聞こえたら、魂が彼岸へ行った印なのだそうです。他にも野鳥についての伝承で面白い話を聞きました。たとえばフクロウの声を早朝に聞くと、身近な人が死ぬそうです。アーノルドさんのおじさんがフクロウの声を聞いた日、おじさんはアーノルドさんを呼んで、「悪いことが起きそうだから、ニワトリを生け贄にしよう」と言ったそうです。この地方では悪いことがあると、例えば病気にかかるのは精霊が悪さをするせいなので、生きものを生け贄にするという習慣があります。たしかに体の具合が悪いときにニワトリを食べるのは理にかなっていますね。

夏鳥を守るコーヒー農園を支援したい

コーヒー農園の高木に現地産の樹種を増やし、さらに農園内外に藪を生やして野鳥の住みやすい環境を作れたら、バードフレンドリー・コーヒーという付加価値を生み出せるだけでなく、害虫防除のメリットもあります。ムシクイ科などの野鳥がいるコーヒー農園では、コーヒーの害虫であるコーヒーノミキクイムシの被害が抑制されることが分かっています(Karp 2013)。

コーヒーノミキクイムシとは違いますが、Sagpat村のコーヒーの木の幹の中にいたカミキリムシの一種です。成虫は野鳥が食べてくれるはずです。
幹内のカミキリ虫.jpg

今回訪れた地域でコーヒー農園にどのような植生があれば野鳥にとって好ましい環境になるかを調べ、持続的な生産ができないハヤトウリ畑を森林農法のコーヒー農園に転換していくことを支援できないかと考えています。

紹介したフィリピン産コーヒーは日本でも購入できます。次の記事をご覧下さい。

posted by ばーりさ at 22:36| 活動報告