2019年01月02日

日本人はどのように自然と関わってきたのか コンラッド・タットマン著 黒沢令子訳

80a93993d086ff29aeddee3ed40c3620.jpg 本書は、特に林業の歴史に興味を持つアメリカ人の歴史家が書いた日本の環境についての著作である。アメリカ人がなぜ日本の歴史を書いたのか?と不思議に思う人もいるかもしれない。タットマンは戦後の日本を訪れた際に、戦争ですっかり疲弊した国土が、その後、山々にすっかり緑が戻り、森林率は国土の6割を超えるほどに回復したのを目にした。世界史上で、ギリシャなどの地中海周辺を始め、中国などでも早くから文明が開けた地域では、一度森林が切り開かれると後に戻らずにすっかり禿山状態になったまま、何千年も時間が過ぎてきた。それと比べて、日本の国土は人口が稠密なのに、なぜ全土が禿山状態にならずに済んでいるのか?と強烈な疑問を持ったそうだ。

 そこで、著者は、まずは主に江戸時代に焦点を当てて、東京の徳川林政史研究所にやってきて、日本の林業史を調べ上げた。その結果は前著の『日本人はどのように森をつくってきたのか』(2012 築地書館)である。この本の優れた点は林業資源を基にして、定量的に江戸時代の日本人の生活を再構築するという手法にあった。そして、日本で江戸時代に始まった植林事業は世界に先駆けた動きだったということを指摘した。このように歴史を定量的に分析するという試みは、自分がかつて読んだ日本の歴史書にはない視点だったので、鮮烈な印象を受けたことを覚えている。本書はその同じ手法を使って、日本の国土が海中から隆起した地質時代から20世紀までの歴史を扱うという壮大なテーマに挑戦した意欲作である。そのせいか、416頁に及ぶ大作になっている。

 原書のタイトルは『Japan – an environmental history(環境の歴史:日本の事例)』(2014)なので、日本の環境の歴史を語るのかと思ったが、主眼は、日本における環境資源と人間によるその利用を歴史を追って解き明かすことのようだ。一番大きな特徴は、主要な文明段階である狩猟採集時代、農耕時代、産業時代の区分で分けるという扱いだろう。この利点は、広く世界的な視野から日本の文明を位置づけ、さらに、世界の地域の文明が地球環境に及ぼした影響について、日本の立場を考察する役に立つことである。ということは、時代を奈良・平安…などの日本史で通常使われる時代区分の用語にとらわれず、文明段階に沿って分析していくという手法も従来の著書にはない新鮮さを覚えた。視野の広さに接したという意味では、トインビーの『歴史の研究』に触れた時に似た感動といえるかもしれない。

 鳥類に関しての記述はあまり多いとは言えないが拾い出してみると、3世紀の『魏志倭人伝』の中で倭国にはクスやシイ等の樹林があり、サルや黒いキジがいるとある。そして、ウシ、ウマ、ヒツジやカササギはいない動物として挙げられている。黒いキジというのは、首に白い帯のあるコウライキジに対して、全体が黒っぽい日本のキジのことを指すと現在では理解されている。また、弥生時代に水田稲作が始まり、6世紀には用水路などの灌漑施設が整えられたので、カエル、ヘビ、カや水鳥などの水田に依存する野生動物はこの時期に増えただろうとされている。

 また生態系への影響としては、律令時代の全盛期に記念建造物の建築がブームになり、相次いで巨大な木造建築が建造されたことが挙げられている。例えば、東大寺は8世紀中ごろに建築されたが、最初の大仏殿は現在残っている大仏殿よりもさらに1.5倍ほど大きかった。それを建造するための木材を得るためには、スギやヒノキの高木が生い茂る高級林地だけから木材を得たと仮定して計算しても、900haもの高木林を伐採する必要があった。実際、奈良周辺だけでは足りずに大井川や吉野川まで材木をとりに出かけたのは、遠くまで行かなければよい木材が入手できなくなっていたことの証と考えてよいだろう。また柱材の他にも、屋根瓦を焼く薪やその他の木材も必要なので、当時の奈良周辺の森林はことごとく伐採された。そうなると、畿内地域の老齢林に依存していた森林生態系は大きな悪影響を被ったはずだと指摘されている。

 日本の林業については、14世紀ごろ、日本のスギやヒノキの大径木が中国の泉州へ輸出されていた記録があるので、主要な輸出産物になっていた可能性がある。また17世紀初頭に伊達政宗が仙台の城下町を造るにあたって世界に先駆けて樹木奨励策を布いたが、スギの挿し木による植林技術はすでに16世紀に開発されていたそうだ。

 本書の最後には、前著の『日本人はどのように森をつくってきたのか』を翻訳した筑波大学の熊崎実博士が、時宜を得た解説文を寄せている。本著は20世紀最後頃までの日本の様子に基づいてまとめられていることと、その結果、日本の林業が衰退した状態なので、著者は日本の森林の将来に悲観的な見方をしていると指摘している。そして、ドイツの林業が衰退した後に再び新たに活況を呈し始めていることを紹介して、それと同様に日本の林業にも発展と衰退のサイクルがあり、まだまだ変わり続けていることから、これからまたさほど遠からぬ時期に復活する時代がくるだろうと予言している。林業専門の研究者から説得力のある説明を受け、日本の森林の在り方に明るい光を見たような気がした。

 このように本書は切り口の斬新さと定量評価への意欲は比類ないものだが、人間社会が利用可能な森林資源に主眼を置いているので、野生動物についてはさほど詳しくは触れられていない。一方、巻末に最近の参考文献が数多く載せてあり、その中に、自分が一番知りたかった分野の著作があるのに気づいたので調べてみた。それは『JAPANimals』Plugfelder&Walker(2005)という本で、日本の野生動物についての文化・歴史的記述である。その主著者によると、タットマンは日本の環境史研究の草分けであり、そこからインスピレーションを得た新世代の研究者が集まって、日本人と野生動物の文化と歴史を探る新しい分野が近年に誕生したばかりのようだ。これからの発展が望まれる一方、このような海外の歴史家から受け取った視点を日本の歴史家も活かして、今後、日本国内でもこの分野の研究が発展することを願ってやまない。

 このように、本書は日本の環境の歴史についての資料の宝庫といえよう。これを読んで何かがわかるというよりは、よし、自分でも何かを調べてみようと思うような発展型の読み方をしていただければ、きっと豊富なインスピレーションの源泉になるだろうと思う。

日本人はどのように自然と関わってきたのか−日本列島誕生から現代まで−
コンラッド・タットマン[著] 黒沢令子[訳]
築地書館 3,600円+税 A5判上製 408頁
posted by ばーりさ at 13:18| 書籍紹介